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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2456号 判決

控訴人

豊信用組合

代理人

佐々木秀雄

外一名

被控訴人

桐ヶ谷勝次郎

代理人

松島政義

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和四三年五月一九日から支払ずみまで、日歩金七銭の割合による金員を支払うべし。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

この判決の第二項は、控訴人において金二〇万円の担保を供するときは、仮に執行することできる。

事実《省略》

理由

一当裁判所もまた原判決と同様、控訴人の中村に対する貸付は、取引限度額の定めのない継続的取引契約に基づく貸付ではなく、金額を金七〇〇万円、支払期日を昭和四二年一月一六日とする貸付であり、そして被控訴人は中村の取引限度額の定めのない取引上の債務についてはもとより、右借入金七〇〇万円の債務についても連帯保証したものではないと判断するものであつて、その理由は次のとおり付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、これを引用する《訂正部分省略》

被控訴人は中村が控訴人から金五〇万円を借用することについて連帯保証人となることを承諾し、中村に被控訴人を代理して控訴人と連帯保証契約をする権限を与えたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉に前記引用の原判決認定の事実及び右当事者間に争いない事実並びに弁論の全趣旨をあわせると、中村は昭和四一年七月ごろ控訴人から営業資金五〇万円を借受けるにつき被控訴人に連帯保証人となつてもらつたが、後右金員を返済し、同年一二月あらためて土地購入資金七〇〇万円を控訴人から借受けることとなり、これについても前同様被控訴人に連帯保証を依頼することとしたが、中村としては今度は控訴人から金七〇〇万円を借用するのであるのに被控訴人にはこれを秘し、たんに前同様連帯保証する旨依頼したので、被控訴人も前同様金五〇万円の借入れのために連帯保証するものと信じ、これを承諾したのであつたが、昭和四一年一二月一四日被控訴人は当日所用のため留守するので、息子の勝次に中村が来たら連帯保証に必要な書類に捺印し、中村に印鑑証明書を渡すように指示し、同日被控訴人宅に赴いた中村は右勝次より、取引約定書(甲第一号証の一)の連帯保証人の住所氏名欄に被控訴人の氏名を記載し、被控訴人の実印を用いて押捺してもらい、被控訴人の印鑑証明書二通の交付を受け(印鑑証明書二通の交付を受けた点は当事者間に争いがない)、翌一五日右取引約定書、印鑑証明書及び公正証書作成のための被控訴人の委任状を控訴人組合に持参し、右取引約定書に取引限度額の記載のないことを利用して、被控訴人が金七〇〇万円の借入について連帯保証することの資料として控訴人の貸付係に呈示し、被控訴人が金七〇〇万円の借入について連帯保証する旨の契約を締結し、自ら控訴人に対し金額二四〇万円の定期預金をし、さらに控訴人との間で、毎月金一〇万六〇〇〇円づつ三年間三六回にわたり払い込み、三年後に控訴人において金四〇〇万円払い戻す方式の定期積金契約をし、宮坂頼幸の控訴人に対する金九〇万円の定期預金債権とともにこれらを控訴人に担保として差し入れた上、同日控訴人から金七〇〇万円の貸付を受けたことが認められ(る)。〈証拠判断省略〉右認定の事実によると、被控訴人は中村が控訴人から金五〇万円を借用するについて連帯保証となることを承諾し、中村に金五〇万円(但し主たる債務の元金五〇万円とこれに対する利息損害金等に対するもの)に限り被控訴人を代理して控訴人と連帯保証契約をする権限を与えたにかかわらず、中村は控訴人との間において被控訴人の右承諾の範囲を越え、金七〇〇万円という多額にのぼる借入について連帯保証契約をするにいたつたものということができる。〈中略〉

控訴人は中村が右連帯保証契約をするに際し差し入れた取引約定書の被控訴人の住所氏名の筆績は、被控訴人が昭和四一年五月ころ本件と同様中村のため連帯保証人となつた際、控訴人に対し差し入れた取引約定書に記載された被控訴人の住所氏名の筆蹟と同一であり、しかも中村は右取引約定書に添付して、控訴人の印鑑証明書及び委任状を呈示したのであるから、控訴人が中村に被控訴人を代理して本件連帯保証契約をする権限があるものと信じたものであり、しかく信ずるについて正当な事由があると主張〈するが、証拠により認定した事実によると〉控訴人が中村に被控訴人を代理して、本件連帯保証契約をする権限があるものと信じたについては、しかく信じるについて正当な事由があるものということはできないものといわざるを得ない。従つて控訴人の表見代理の右主張は採用できない。

二しかるところ、被控訴人は、中村が控訴人から金五〇万円を借用するについて、連帯保証人となることを承諾したのであるから、金七〇〇万円のうち金五〇万円を越える部分は、中村の無権代理行為として無効であるが、元金五〇万円の貸付の限度においてはその保証は有効であると認めるのが相当である。被控訴人は、本件連帯保証契約はその一部が無効であるにとどまらず、その全部が無効であるという。しかし本件において控訴人は、金七〇〇万円全額につき不可分的に被控訴人の連帯保証が得られることを期待し、そうでなければ被控訴人との間において本件連帯保証契約をしなかつたであろうというような特段の事情のあることは、これを証する証拠がなく、かえつて本件主債務たる借受金は金銭債務で性質上は可分であると同時に、金五〇万円の貸金のはずが金七〇〇万円になつたからといつて両者は全く別個独立のものではなく、前者は後者の一部というべく、また前認定の事実によれば控訴人は中村に対する貸付金債権の担保としては中村の定期預金、定期積金、宮坂の定期預金等をすべて取得しており、被控訴人の資力信用にも十分な期待はもてず、究極において被控訴人の連帯保証が現実に前記貸付金の全額に及んで実行されるであろうとは必らずしも考えていなかつたものと推認され、控訴人にとつても本件連帯保証契約全部を無効とするよりは、金五〇万円の限度において連帯保証の効力を維持することの方が、その経済的要請に副うゆえんである。他方そのため被控訴人にはその意図以上に不利益を与えるものではなく、被控訴人は貸金五〇万円については連帯保証することは承諾しているのであるから、最悪の場合は元金五〇万円とその利息損害金等について自己の財産をもつて支払にあてるべき責任を負うべきこととなることは覚悟していたものというべきである。かように考えれば本件保証契約は文字どおり代理人たる中村がその権限をこえて締結したものであつて、少くとも元金五〇万円とその利息及び損害金を担保する限度においては、控訴人に対して中村は正当に被控訴人を代理して連帯保証契約を成立せしめる権限を有し、その限度で右契約は適法有効に成立したものというべく、被控訴人は主債務者中村の不払につき連帯保証人として右の限度でその責任があると解するのが相当である。この場合主債務の範囲と連帯保証債務の範囲とが異なることは本件の如き事情のもとではなんら異とするに足らず、これをもつて背理とするには当らない。もつとも原審における被控訴人本人尋問結果によると、中村は被控訴人に対して、絶対に迷惑はかけない、金二五万円の歩積をしていると申し述べていたことが認められるけれどもそれは中村と被控訴人との間の内部関係のことであつて、そのことがあるからといつて、直ちに控訴人に対する関係においても被控訴人は金五〇万円のうち右金二五万円の歩積を越える部分についてのみ連帯保証する意思であつたものと解することはできない。さればこの点に関する被控訴人の主張は採用しえない。なお被控訴人のその余の主張は、被控訴人に中村の取引限度額の定めのない債務か、少くとも金七〇〇万円の借入債務全額について連帯保証があるとされることを前提とするものであるところ、右前提はすでに理由がないこと前記のとおりであるから、その余の点については判断する必要がない。

三控訴人中村に対する貸付残元金が金二一六万三七三〇円であることは当事者間に争いなく、中村が右債務を履行しないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し、右金員のうち元金五〇万円及びこれに対する昭和四三年五月一九日から支払ずみまで、約旨に基づく日歩金七銭の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるが、その余の義務のないことが明らかである。

四よつて控訴人の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を理由のないものとして棄却し、これと異なる原判決はこれを右の趣旨に従い変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)

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